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南出校長先生より

  にっぽんのこどもたちへ 

【12月号】おさなごこち(幼心地) その7:クモのいと


 こんかいは、あくたがわりゅうのすけの『くものいと』
(「あくたがわりゅうのすけぜんしゅう だいさんかん」いわなみしょてん)
について おはなします。
これを ようやくすると、つぎのような みじかい どうわです。
いんようしたぶぶんは かっこがきを していますが、
かんじを ひらがな、かたかなに したところも あります。

 

 「あるひの ことでございます。おしゃかさまは ごくらくの 
はすいけのふちを、ひとりで ぶらぶらおあるきに なっていらっしゃいました。」

 はすいけのふちに たたずんで みずのおもてに 
うかぶはすの はのあいだから したのじごくのようすが みえています。
そこに「かんだた」という おとこがいて、このおとこは 
「ひとを ころしたり、いえに ひをつけたり、いろいろなあくじを 
はたらいた おおどろぼう」ですが、たったひとつだけ 
よいことを したことが ありました。
それは、ふかいはやしのなかを とおったときに、
みちばたを はっていく ちいさなくもをみて、ふみころそうと しましたが、
「いや、いや、これも ちいさいながら、いのちの あるものに ちがいない。
そのいのちを むやみにとる ということは、いくらなんでも 
かわいそうだ」とおもって くもをころさずに たすけたということです。
おしゃかさまは、「それだけの よいことをした むくいには、
できるなら このおとこを じごくから すくいだしてやろうと 
おかんがえに なりました。」そして、はすのはの うえにいた 
いっぴきの くもを てにとり、それを「はるかしたにある じごくのそこへ 
まっすぐ おおろしなさいました。」
そのとき、かんだたも ほかのものと おなじく ちのいけのじごくで 
くるしんで いましたが、そこにくものいとが じぶんのうえに 
たれて きたのをみて、「おもわず てをうって よろこびました。
このいとにすがりついて、どこまでも のぼっていけば、きっと 
じごくから ぬけだせるに そういございません。いや、うまくいくと、
ごくらくへ はいることさえも できましょう。」とおもいました。
そして、くものいとを りょうてで しっかりとつかみながら 
うえへと のぼり はじめました。
しばらくのぼるうちに、くたびれて のぼれなくなりましたので、
ひとやすみするつもりで、いとの ちゅうとに ぶらさがりながら、
はるかしたの ちのいけを みおろしました。
そして、このまま のぼっていけば じごくから 

ぬけだせるとおもい、じごくにおちてから なんねんも だしたことのないこえで、
「しめた。しめた。」とわらいました。
「ところが ふときがつきますと、くものいとの したのほうには、
かずかぎりもない ざいにんたちが、じぶんの のぼったあとをつけて、
まるでありの ぎょうれつのように、やはりうえへうえへと 
いっしんに よじのぼって くるではございませんか。」
じぶんひとりでさえ きれそうな ほそいいとで おおくの にんずうの 
おもみには たえられず、きれてしまえば、
せっかくここまでのぼってきた じぶんまでが、
ふたたび じごくにおちてしまいます。かんだたは おどろきとおそろしさで、
おおきな こえをだして、「こら、ざいにんども。このくものいとは 
おれのものだぞ。おまえたちは いったいだれのゆるしをうけて、
のぼってきた?おりろ、おりろ。」とわめきました。
「そのとたんで ございます。いままで なんともなかった くものいとが、
きゅうに かんだたの ぶらさがっているところから、ぷつりと 
おとをたてて きれました。」そして、かんだたは、ひとたまりもなく 
まっさかさまに じごくへと おちてしまいました。
「おしゃかさまは ごくらくの ふちにたって、このいちぶしじゅうを 
じっと みていらっしゃいましたが、やがて、かんだたが 
ちのいけのそこへ いしのように しずんでしまいますと、
かなしそうな おかおをなさりながら、また ぶらぶらおあるきに 
なりはじめました。じぶんばかり じごくから ぬけだそうとする、
かんだたの むじひなこころが、そうしてその こころそうとうの 
ばつを うけて、もとのじごくへ おちてしまったのが、おしゃかさまの 
おめからみると、あさましく おぼしめされたのでございましょう。」

 

 こんな あらすじの はなしですが、このはなしについては、
これまで いろいろな ひひょうが なされてきました。
たとえば、すこし むつかしい ぎろん になりますが、
あみだぶつが きょうしゅである ごくらくのくにに、
どうしておしゃかさまが いるのですか、
これは おしゃかさまではなく あみだぶつ(にょらい)の
あやまりでは ないのですか、ここは あみだぶつの ごくらくではなく 
しゃかぶつの 霊山(りょうぜん)じょうどでは ないのですか、
などといった ぶっきょうてきな ぎもんもありました。 
しかし、もっとそぼくで こんぽんてきな こととして、
くもを ふみころさなかったことが じごくから ごくらくへと 
すくわれるほどの ぜんぎょう(よいおこない)といえるのでしょうか、
というぎもんです。うらしまたろうのはなしも、「たすけたかめ」でした。
いきものを むやみにころさないことは とうぜんのことですが、
だからといって、このていどのことで ごくらくに いけたり、
りゅうぐうじょうに いけたりする ということを かんたんに 
おもったりしては どうとくてきに りっぱなひとには なれないのです。

 

 また、このものがたりの さいごのあたりに、
「おしゃかさまの おめからみると、あさましく おぼしめ されたので
ございましょう。」とあります。しかし、このひょうげんに 
なっとくできないひとが おおいのです。
「あさましい」と おもうのではなく、おしゃかさまなら 
「あわれ」と おぼしめしたはずだとするのです。

 

 ともあれ、かんだたが じぶんだけ たすかれば たにんは 
どうでもよいと したことから、くものいとが きれてしまったことの 
いみするところは、おしゃかさまの おしえが、じぶんひとりの 
さとりのためでなく おおくのひとのためであるという 
だいじょうぶっきょうの おしえを やさしく とくためであると おもいます。
しかし、くものいとが かんだたのてもとから きれたげんいんは、
いったい なんだったのでしょうか。のぼってくる おおくのざいにんの 
おもみに たえきれずに ぶつりてきに きれたでしょうか、
おしゃかさまが きったのでしょうか、かんだたのこころの 
はたらきのさようで きれたのでしょうか、
かんだたじしんが じぶんできったのでしょうか。それとも・・・
これを かんがえることに、このどうわの しんのいぎが あるとおもいます。
みなさんで それぞれ よくかんがえて みてください。



へいせい22ねん8がつ14かしるす

みなみで きくぢ

 

 

 

 

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